いように。神戸村の庄屋はそのことを仏国領事に伝えに来た。
「兵庫|奉行《ぶぎょう》はどうしたろう。」
そういう領事の言葉をカションは庄屋に取り次いだ。通詞を呼ぶまでもなく、カションは自由に日本語をあやつることができたからで。
「お奉行さまですか。」と庄屋は言った。「お奉行さまはもう兵庫にはいません。」
その時、領事はカションを通して、いろいろなことを訴えた。これではまるで無統治、無警察も同じである。在留する外人に出歩くなと言われても、自分らには兵庫から十里以内に歩行の自由がある。兵庫、神戸の住民は、世態の前途に改善の希望を置いて、この新しい港を開いたのではないかと。さすがのカションにもそう細かいことまでは伝えられなかったが、領事の言おうとする意味はほぼ相手に通じた。
神戸村の庄屋は言った。
「とにかく、あなたがたの遠く出歩くことは危険ですぞ。」
兵庫奉行はすでにのがれ、開港地警衛の兵士もまた去ってしまった。わずかに町々を回って歩くのは、町内のものが各自に組織した自警団と、外国軍艦から上陸させた居留民保護の一隊とがあるだけだった。西国諸藩の兵士で勤王のために上京するもの、京坂諸藩
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