領土までをそこへ投げ出すことを勧め、江戸城の明け渡しに際しても進んで官軍の先頭に立った尾州家に、このことのあるのもまた不思議でもない。
「お父《とっ》さん、ここに別の通知がありますよ。徳川三位中将、名古屋藩知事を仰せ付けられるともありますよ。」
「して見ると、藩知事公かい。もう名古屋のお殿様でもないのかい。」
「まずそうです。人民の問屋も、会所も廃させて置いて、御自分ばかり旧《むかし》に安んずるような、そんなつもりはないのでしょう。」
 吉左衛門は半蔵と言葉をかわして見て、忰《せがれ》の言うことにうなずいたが、目にはいっぱい涙をためていた。


 七月の来るころには、吉左衛門はもはやたてなかった。中風の再発である。どっと彼は床についていて、その月の半ばにはお民の安産を聞き、今度生まれた孫は丈夫そうな男の子であると聞いたが、彼自身の食は次第に細るばかりであった。そういう日が八月のはじめまで続いた。ついに、おまんや半蔵の看護もかいなく、養生もかなわずであった。彼は先代半六のあとを追って、妻子や孫たちにとりまかれながら七十一歳の生涯《しょうがい》をその病床に終わった。それは八月四日、暮れ六つ
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