うそだ。その考えから、彼は母屋《もや》の方へ引き返して行った。
「お民、帰ったよ。」
 その半蔵の声をきくと、お民は前の晩に菖蒲《しょうぶ》の湯をつくらせておそくまで夫を待ったことなぞを語った。そういう彼女は、やがてまた夫との間に生まれて来るものを待ち受けているような時である。彼女はすでに五人の子の母であった。もっとも、五人のうち、男の子の方は長男の宗太に、妻籠の里方へ養子にやった次男の正己《まさみ》。残る三人は女の子で、姉娘のお粂のほかには、さきに次女のお夏をうしない、三女に生まれたお毬《まり》という子もあったが、これも早世した。どうかして今度生まれて来るものは無事に育てたい。そんな話が夫と二人ぎりの時には彼女の口からもれて来る。彼女の内部《なか》に起こって来た変化はすでに包み切れないほどで、いろいろと女らしく心をつかっていた。
 夕方から、半蔵は父を見に行った。例の裏二階に、吉左衛門はおまんを相手の時を送っていた。部屋《へや》の片すみには父がからだを休めるための床も延べてある。これまで父の耳にも入れずにあったことは、半蔵がそれを切り出すまでもなく、吉左衛門は上の伏見屋の金兵衛からい
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