ど後に、中津川の香蔵が美濃を出発し、東京へとこころざして十曲峠《じっきょくとうげ》を登って来たころは、旅するものの足が多く東へ東へと向かっていた。今は主上も東京の方で、そこに皇居を定めたまい、平田家の人々も京都にあった住居《すまい》を畳《たた》んで、すでに新しい都へ移った。
旅を急ぐ香蔵に門口から声をかけられて見ると、半蔵の方でもそう友人を引き留めるわけに行かない。香蔵は草鞋《わらじ》ばきのまま、本陣の玄関の前から表庭の植木の間を回って、葉ばかりになった牡丹《ぼたん》の見える店座敷の軒先に来て腰掛けた。そこに笠《かさ》を置いて、半蔵が勧める別れの茶を飲んだ。
文字どおり席の暖まるに暇《いとま》のないような香蔵は、師のあとを追うのに急で、地方の問屋廃止なぞを問題としていない。半蔵はひどく別れを惜しんだ。野尻《のじり》泊まりで友人が立って行った後、彼は大急ぎで自分でもしたくして、木曾福島の旅籠屋《はたごや》までそのあとを追いかけた。
とうとう、藪原《やぶはら》の先まで追って行った。五日過ぎには彼は友人の後ろ姿を見送って置いて、藪原からひとり街道を帰って来る人であった。旧暦五月の日の光
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