ったほど健康を回復した人である。でも、吉左衛門の老衰は争われなかった。からだの弱って来たせいかして、すこしのことにもすぐに心を傷《いた》めた。そして一晩じゅう眠られないという話はよくあった。どうして、半蔵の方からそこへ持ち出して見たように、ありのままを父にも告げたらとは、この継母には考えられもしなかった。
「ごらんな。」とまたおまんは言った。「お父《とっ》さんがこの前の大病だって、気をおつかいなさるからだよ、お父さんはお前、そういう人だよ。」
「でも、こんなことは隠し切れるものでもありませんし、わたしは話した方がいいと思いますが。」
「なあに、お前、あのとおりお父さんは裏の二階に引っ込みきりさ。わたしが出入りのものによく言って聞かせて、口留めをして置いたら、お父さんの耳に入りッこはないよ。」
「さあ、どういうものでしょうか。」
「いえ、それはわたしが請け合う。あのお父さんのからだにさわりでもしたら、それこそ取り返しはつかないからね。」
 父のからだにさわると言われては、半蔵も継母の意見に任せるのほかはなかった。
 本陣の母屋《もや》から裏の隠居所の方へ通って行く継母を見送った後、半蔵は
前へ 次へ
全419ページ中341ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング