みならず、水戸藩では朝命を奉じて佐幕派たる諸生党を討伐するというほどの一変した形勢の中にいた。彼としては真《まこと》に時節到来の感があったであろう。間もなく彼は藩命により、多年|怨《うら》みの敵なる市川三左衛門らの徒を捕縛すべく従者数名を伴い奥州に赴《おもむ》いたという。官軍が大挙して奥羽同盟の軍を撃破するため東北方面に向かった時は、水戸藩でも会津に兵を出した。その中に、同藩銃隊長として奮戦する彼を見かけたものがあったとの話もある。
すべてがこの調子だとも言えない。水戸ほど苦しい抗争を続けた藩もなく、また維新直後にそれほど恐怖時代を顕出した地方もめずらしいと言われる。しかし、信州|伊那《いな》の谷あたりだけでも、過ぐる年の密勅事件に関係して自ら毒薬を仰いだもの、元治年代の長州志士らと運命を共にしたもの、京都六角通りの牢屋《ろうや》に囚《とら》われの身となっていたものなぞは数え切れないほどある。いよいよ東北戦争の結果も明らかになったころは、それらの恨みをのんで倒れて行ったものの記憶や、あるいは闇黒《あんこく》からはい出したものの思い出のさまざまが、眼前の霜葉《しもは》枯れ葉と共にま
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