居が見送ったお玉のかわりに伊之助の妻のお富《とみ》。伏見屋ではこの人たちが両養子で、夫婦とも隣の国の方から来て、養父金兵衛から譲られた家をやっている。夫婦の間に子供は二人《ふたり》生まれている。血縁はないまでも、本陣とは親類づきあいの間柄である。この隣家の主人が、新しい簾《すだれ》をかけた店座敷の格子先の近くに席を造って、半蔵をよろこび迎えてくれた。
「半蔵さん、旅はいかがでした。こちらはろくなお留守居もできませんでしたよ。」
そういう伊之助は男のさかりになればなるほど、ますますつつしみ深くなって行くような人である。物腰なぞは多分に美濃の人であるが、もうすっかり木曾じみていて、半蔵にとっては何かにつけての相談相手であった。
「いや、こんなにわたしも長くなるつもりじゃなかった。」と半蔵は言った。「伊勢路までにして引き返せばよかったんです。途中で、よっぽどそうは思ったけれど、京都の様子も気にかかるものですから、つい旅が長くなりました。」
「たぶん、半蔵さんのことだから、京都の方へお回りになるだろうッて、お富のやつともおうわさしていましたよ。」
「そう言ってくれるのは君ばかりだ。」
その
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