。庄助さん、いずれあとでゆっくり聞こう。」
その言葉を残して置いて、半蔵は家の方へ急いだ。
妻子はまず無事。
半蔵は旅じたくを解くのもそこそこに本陣の裏二階を見に行った。臥《ね》たり起きたりしてはいるが、それほど病勢が進んだでもない父吉左衛門と、相変わらず看護に余念のない継母のおまんとが、そこに半蔵を待っていた。
「お父《とっ》さん、京都の方を見て来た目で自分の家を見ると、こんな山家だったかと思うようですよ。」
とは半蔵が旅から日に焼けて親たちのそばへ帰って来た時の言葉だ。
彼もいそがしがっていた。つもる話をあと回しにしてその裏二階を降りた。とりあえず彼が見たいと思う人は伏見屋の伊之助であった。夕方から、彼は潜《くぐ》り戸《ど》をくぐって表門の外に出た。宿場でもここは夜鷹《よたか》がなく。もはや往来の旅人も見えない。静かだ。その静かさは隣宿落合あたりにもない山の中の静かさだ。旅から帰って来た彼が隣家の入り口まで行くと、古風な杉《すぎ》の葉の束の丸く大きく造ったのが薄暗い軒先につるしてあるのも目につく。清酒ありのしるしである。
隠居金兵衛のかわりに伊之助。その年の正月に隠
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