う声でもなんでも取りつくろったところがない。その無造作で何十年かの街道生活を送り、落合宿の年寄役を勤め、徳川の代に仕上がったものが消えて行くのをながめて来たような人だ。百姓|一揆《いっき》のうわさなぞをするにしても、そう物事を苦にしていない。容易ならぬ時代を思い顔な子息《むすこ》の勝重をかたわらにすわらせて、客と一緒に大きな一閑張《いっかんば》りの卓をかこんだところは、それでも同じ血を分けた親子かと思われるほどだ。
「でも、お父《とっ》さん、千人以上からの百姓が鯨波《とき》の声を揚げて、あの多勢の声が遠く聞こえた時は物すごかったじゃありませんか。わたしはどうなるかと思いましたよ。」
 勝重はそれを半蔵にも聞かせるように言った。
 その時、勝重の母親が昼食の膳《ぜん》をそこへ運んで来た。莢豌豆《さやえんどう》、蕗《ふき》、里芋《さといも》なぞの田舎風《いなかふう》な手料理が旧家のものらしい器《うつわ》に盛られて、半蔵らの前に並んだ。勝重の妻はまた、まだ娘のような手つきで、茄子《なす》の芥子《からし》あえなぞをそのあとから運んで来る。胡瓜《きゅうり》の新漬けも出る。
「せっかく、お師匠さま
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