の他、一時は下海道辺の問屋から今渡《いまど》の問屋仲間を相手にこの界隈《かいわい》の入り荷|出荷《でに》とも一手に引き受けて牛方事件の紛争まで引き起こした旧問屋|角屋《かどや》十兵衛の店などは、皆そこに集まっている。今度の百姓一揆はその町の空を大橋の辺から望むところに起こった。うそか、真実《まこと》か、竹槍《たけやり》の先につるした蓆《むしろ》の旗がいつ打ちこわしにかつぎ込まれるやも知れなかったようなうわさが残っていて、横浜貿易でもうけた商家などは今だに目に見えないものを警戒しているかのようである。
中津川では、半蔵は友人景蔵の留守宅へも顔を出し、香蔵の留守宅へも立ち寄った。一方は中津川の本陣、一方は中津川の問屋、しっかりした留守居役があるにしても、いずれも主人らは王事のために家を顧みる暇《いとま》のないような人たちである。こんな事件が突発するにつけても、日ごろのなおざりが思い出されて、地方《じかた》の世話も届きかねるのは面目ないとは家の人たちのかき口説《くど》く言葉だ。ことに香蔵が国に残して置く妻なぞは、京都の様子も聞きたがって、半蔵をつかまえて放さない。
「半蔵さん、あなたの前で
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