を本陣に届けいでよと触れ出されたくらいだ。総督一行は万民塗炭の苦しみを救わせられたいとの叡旨《えいし》をもたらして来たからである。だれ一人《ひとり》、そのおりに百姓の中から進んで来るものもなくて、今になってこんな手段に訴えるとは。
 にわかな物価の騰貴も彼の胸に浮かぶ。横浜開港当時の経験が教えるように、この際、利に走る商人なぞが旧正銀|買〆《かいしめ》のことも懸念されないではなかった。しかし、たとい新紙幣の信用が薄いにしても、それはまだ発行まぎわのことであって、幕府積年の弊政を一掃しようとする新政府の意向が百姓に知られないはずもない。これが半蔵の残念におもう点であった。その晩は、彼は山中の宿場らしい静かなところに来ていて、いろいろなことを思い出すために、よく眠らなかった。


 中津川まで半蔵らは帰って来た。百姓の騒いだ様子は大井で聞いたよりも一層はっきりした。百姓仲間千百五十余人、その主《おも》なものは東濃|界隈《かいわい》の村民であるが、木曾地方から加勢に来たものも多く、まさかと半蔵の思った郷里の百姓をはじめ、宿方としては馬籠のほかに、妻籠《つまご》、三留野《みどの》、野尻《のじり
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