取るはずで、諸藩の兵隊はその時刻前に西丸の城下に整列することになった。いよいよその朝が来た。錦旗《きんき》を奉じた尾州兵が大手外へ進んだ時は、徳川家の旧|旗下《はたもと》の臣は各礼服着用で、門外まで出迎えたとある。域内にある野戦砲の多くはすでに取り出されたあとで、攻城砲、軽砲の類《たぐい》のみがそこここに据《す》え置かれてあったが、それでも百余の大砲を数えたという。旧旗下の臣も退城し、諸藩の兵隊も帰陣して、尾州兵が城内へ繰り込んだ。そして、それぞれ警備の役目についた。実に慶応四年四月十一日の朝だ。江戸|八百八町《はっぴゃくやちょう》を支配するようにそびえ立っていた幕府大城はその時に最後の幕を閉じたともある。
「お父《とっ》さん、ここに神谷《かみや》八郎右衛門とありますよ。ホ、この人は外桜田門の警衛だ。」
「名古屋の神谷八郎右衛門さまと言えば、おれもお目にかかったことがある。」
「西丸の大手から、神田橋《かんだばし》、馬場先《ばばさき》、和田倉門《わだくらもん》、それから坂下二重門内の百人番所まで、要所要所は尾州の兵隊で堅めたとありますね。」
「つまり、江戸城は尾州藩のお預かりということ
前へ 次へ
全419ページ中232ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング