、東海道軍は容易に品川《しながわ》へはいれなかった。その時は東山道軍はすでに板橋から四谷新宿《よつやしんじゅく》へと進み、さらに市《いち》ヶ谷《や》の尾州屋敷に移り、あるいは土手を切り崩《くず》し、あるいは堤を築き、八、九門の大砲を備えて、事が起こらば直ちに邸内から江戸城を砲撃する手はずを定めていた。意外にも、東海道軍の遅着は東山道軍のために誤解され、ことに甲州、上野両道で戦い勝って来た鼻息の荒さから、総攻撃の中止に傾いた東海道軍の態度は万事因循で、かつ手ぬるく実に切歯《せっし》に堪《た》えないとされた。東海道軍はまた東海道軍で、この友軍の態度を好戦的であるとなし、甲州での戦さのことなぞを悪《あ》しざまに言うものも出て来た。ここに両道総督の間に自然と軋《へだた》りを生ずるようにもなったとある。
「フーン。」
半蔵はそれを読みかけて、思わずうなった。
これは父にも読み聞かせたいものだ。その考えから半蔵は尾州の従軍医が書き留めたものの写しをふところに入れて午後からまた裏二階の方へ父を見に行った。
「もう藤《ふじ》の花も咲くようになったか。」
吉左衛門はそれをおまんにも半蔵にも言っ
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