《つ》け物の納屋《なや》に当ててあるのは祖父半六が隠居時代からで、別に二階の方へ通う入り口もそこに造りつけてある。雪隠《せっちん》通《がよ》いに梯子段《はしごだん》を登ったり降りたりしないでも、用をたせるだけの設けもある。そこは筆者不明の大書を張りつけた古風な押入れの唐紙《からかみ》から、西南に明るい障子をめぐらした部屋《へや》の間取りまで、父が祖父の意匠をそっくり崩《くず》さずに置いてあるところだ。代を跡目相続の半蔵に譲り、庄屋本陣問屋の三役を退いてからの父が連れ添うおまんを相手に、晩年を暮らしているところだ。
そういう吉左衛門は、もはや一日の半ばを床の上に送る人である。その床の上に七十年の生涯《しょうがい》を思い出して、自己《おのれ》の黄昏時《たそがれどき》をながめているような人である。ちょうど半蔵が二階に上がって来て見た時は、父は眠っていた。
「お休みですか。」
と言いながら、半蔵は父の寝顔をのぞきに行った。その時、継母のおまんが次ぎの部屋から声をかけた。
「これ、お父《とっ》さんを起こさないでおくれ。」
大きな鼻、静かな口、長く延びた眉毛《まゆげ》、見慣れた半蔵の目には父
前へ
次へ
全419ページ中223ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング