たぶん景蔵さんと一緒に。わたしもまた京都の方へ行って、しばらく老先生(鉄胤のこと)のそばで暮らして来ます。」


「お民、香蔵さんともしばらくお別れだ。お酒をもう一本頼む。お母《っか》さんには内証だよ。」
 半蔵は自分で自分の耳たぶを無意識に引ッぱりながら、それを言った。その年になっても、まだ彼は継母の手前を憚《はばか》っていた。
「今夜は御幣餅《ごへいもち》でも焼いてあげたいなんて、台所で今したくしています。」とお民は言った。「まあ、香蔵さんもゆっくり召し上がってください。」
「そいつはありがたい。御幣餅とは、よいものをごちそうしてくださる。木曾の胡桃《くるみ》の香《かおり》は特別ですからね。」と香蔵もよろこぶ。
 半蔵は友人の方を見て、同門の人たちのうわさに移った。南条村の縫助が自分のところに置いて行った京都の話なぞをそこへ持ち出した。
「香蔵さん、君は京都のことはくわしい。今度はいろいろな便宜もありましょう。今度君が京都で暮らして見る一か月は、以前の三か月にも半年にも当たりましょう。何にしても、君や景蔵さんはうらやましい。」
「さあ、もう一度京都へ行って見たら、どんなふうに変わっ
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