ぞあの阿爺も安心しましょう。旧《ふる》い、旧い木曾福島の旦那《だんな》さまですからね。」
「そう言えば、景蔵さん、あの相良惣三のことを半蔵さんに話してあげたら。」と隣席にいる三郎兵衛が言葉を添える。
「壮士ひとたび去ってまた帰らずサ。これもよんどころない。三月の二日に、相良惣三の総人数が下諏訪の御本陣に呼び出されて、その翌日には八人の重立ったものが下諏訪の入り口で、断頭の上、梟首《さらしくび》ということになりました。そのほかには、片鬚《かたひげ》、片眉《かたまゆ》を剃《そ》り落とされた上で、放逐になったものが十三人ありました。われわれは君、一同連名で、相良惣三のために命|乞《ご》いをして見ましたがね、官軍の先駆なぞととなえて勝手に進退するものを捨て置くわけには行かないと言うんですからね――とうとう、われわれの嘆願もいれられませんでしたよ。」
やがて客膳の並んだ光景がその奥座敷にひらけた。景蔵は隣席の三郎兵衛と共にすわり直して、馬籠本陣での昼じたくも一同が記念の一つと言いたげな顔つきである。
時は、あだかも江戸の総攻撃が月の十五日と定められたというころに当たる。東海道回りの大総督の宮
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