炉裏ばたに続いた広い台所では、十三人前からの膳《ぜん》の用意がはじまっていた。にわかな客とあって、有り合わせのものでしか、もてなせない。切《き》り烏賊《いか》、椎茸《しいたけ》、牛蒡《ごぼう》、凍り豆腐ぐらいを|煮〆《にしめ》にしてお平《ひら》に盛るぐらいのもの。別に山独活《やまうど》のぬた。それに山家らしい干瓢《かんぴょう》の味噌汁《みそしる》。冬季から貯《たくわ》えた畠《はたけ》の物もすでに尽き、そうかと言って新しい野菜はまだ膳に上らない時だ。
「きょうのお客さまは、みんな平田先生の御門人ばかり。」
 とお粂《くめ》までが肩をすぼめて、それを母親のところへささやきに来る。この娘ももはや、皿小鉢《さらこばち》をふいたり、割箸《わりばし》をそろえたりして、家事の手伝いするほどに成人した。そこにはおまんも裏の隠居所の方から手伝いに来ていた。おまんは、場合が場合だから、たとい客の頼みがないまでも、わざとしるしばかりに一献《いっこん》の粗酒ぐらいを出すがよかろうと言い出した。それには古式にしてもてなしたら、本陣らしくもあり、半蔵もよろこぶであろうともつけたした。彼女は家にある土器《かわらけ》
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