なって見ると、馬籠の宿場では大水の引いて行ったあとのようになった。陣笠《じんがさ》をかぶった因州の家中の付き添いで、野尻宿の方から来た一つの首桶《くびおけ》がそこへ着いた。木曾路行軍の途中、東山道軍の軍規を犯した同藩の侍が野尻宿で打ち首になり、さらに馬籠の宿はずれで三日間|梟首《さらしくび》の刑に処せらるるというものの首級なのだ。半蔵は急いで本陣を出、この扱いを相談するために他の宿役人とも会所で一緒になった。
 因州の家中はなかなか枯れた人で、全軍通過のあとにこうしたものを残して行くのは本意でないと半蔵らに語り、自分らの藩からこんなけが人を出したのはかえすがえすも遺憾であると語った。木曾少女《きそおとめ》は色白で、そこいらの谷川に洗濯《せんたく》するような鄙《ひな》びた姿のものまでが旅人の目につくところから、この侍もつい誘惑に勝てなかった。女ゆえに陣中の厳禁を破った。辱《はず》かしめられた相手は、山の中の番太《ばんた》のむすめである。そんな話も出た。
 因州の家中はまた、半蔵の方を見て言った。
「時に、本陣の御主人、拙者は途次《みちみち》仕置場《しおきば》のことを考えて来たが、この辺で
前へ 次へ
全419ページ中193ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング