いような顔をしている。」
「この時節がらにかい。そりゃ、清助さん、みんな心配はしているのさ。」
とまたおまんが言うと、清助は首を振って、
「なあに、まるで赤の他人です。」
と無造作に片づけて見せた。
半蔵はこんな話に耳を傾けながら、囲炉裏ばたにつづいている広い台所で、家のものよりおそく夕飯の膳《ぜん》についた。その日一日のあと片づけに下女らまでが大掃除のあとのような顔つきでいる。間もなく半蔵は家のものの集まっているところから表玄関の板の間を通りぬけて、店座敷の戸に近く行った。全国にわたって影響を及ぼすとも言うべき、この画期的な御通行のことが自然とまとまって彼の胸に浮かんで来る。何ゆえに総督府執事があれほど布告を出して、民意の尊重を約束したかと思うにつけても、彼は自分の世話する百姓らがどんな気でいるかを考えて、深いため息をつかずにはいられなかった。
「もっと皆が喜ぶかと思った。」
彼の述懐だ。
その翌日は、朝から大降りで、半蔵の周囲にあるものはいずれも疲労を引き出された。家《うち》じゅうのものがごろごろした。降り込む雨をふせぐために、東南に向いた店座敷の戸も半分ほど閉《し》
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