って行った。慶応四年二月の二十八日のことで、ちょうど会所の事務は問屋九郎兵衛方で取り扱っているころにあたる。これは半蔵の家に付属する問屋場《といやば》と、半月交替で開く従来のならわしによるのである。半蔵はその会所の見回りを済まし、そこに残って話し込んでいる隣家の伊之助その他の宿役人にも別れて、日暮れ方にはもう扉《とびら》を閉じ閂《かんぬき》を掛ける本陣の表門の潜《くぐ》り戸《ど》をくぐった。
「岩倉様の御兄弟《ごきょうだい》も、どの辺まで行かっせいたか。」
 例の囲炉裏ばたでは、下男の佐吉がそんなことを言って、御通行後のうわさをしている。毎日通いで来る清助もまだ話し込んでいる。その日のお泊まりは、三留野《みどの》か、野尻《のじり》かなぞと、そんなうわさに余念もない。半蔵が継母のおまんから、妻のお民まで、いずれもくたびれたらしい顔つきである。子供まで集まって来ている。そこへ半蔵が帰って行った。
「宗太さま、お前さまはどこで岩倉様を拝まっせいたなし。」と佐吉が子供にたずねる。
「おれか。おれは石屋の坂で。」と宗太は少年らしい目をかがやかしながら、「山口(隣村)から見物に来たおじさんがおもし
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