手形なしには関所も通られなかった女たちが、男の近親者と連れだち、長途の旅を試みようとして、深い窓から出て来たのだ。そんな人たちの旅姿にも、王政第一の春の感じが深い。そのいずれもが日焼けをいとうらしい白の手甲《てっこう》をはめ、男と同じような参拝者の風俗で、解き放たれて歓呼をあげて行くかにも見えていた。
次第に半蔵らは淡い雪の溶け流れている街道を踏んで行くようになった。歩けば歩くほど、なんとなく谷の空も明るかった。西から木曾川を伝って来る早い春も、まだまだ霜に延びられないような浅い麦の間に躊躇《ちゅうちょ》しているほどの時だ。それでも三留野《みどの》の宿まで行くと、福島あたりで堅かった梅の蕾《つぼみ》がすでにほころびかけていた。
午後に、半蔵らは大火のあとを承《う》けてまだ間もない妻籠の宿にはいった。妻籠本陣の寿平次《じゅへいじ》をはじめ、その妻のお里、めっきり年とったおばあさん、半蔵のところから養子にもらわれて来ている幼い正己《まさみ》――皆、無事。でも寿平次方ではわずかに類焼をまぬかれたばかりで、火は本陣の会所まで迫ったという。脇《わき》本陣の得右衛門《とくえもん》方は、と見
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