道地方に働く人民を励まし、またその応援を求める意味の布告が発せられたのは、すでに正月のころからである。半蔵は幾たびか木曾福島の方から回って来るお触れ状を読んだ。それは木曾谷中を支配する地方《じかた》御役所よりの通知で、尾張藩《おわりはん》からの厳命に余儀なくこんな通知を送るとの苦《にが》い心持ちが言外に含まれていないでもない。名古屋方と木曾福島の山村氏が配下との反目はそんなお触れ状のはじにも隠れた鋒先《ほこさき》をあらわしていた。ともあれ、半蔵はそれを読んで、多人数入り込みの場合を予想し、人夫の用意から道橋の修繕までを心がける必要があった。各宿とも旅客用の夜具|蒲団《ふとん》、膳椀《ぜんわん》の類《たぐい》を取り調べ、至急その数を書き上ぐべきよしの回状をも手にした。皇軍通行のためには、多数の松明《たいまつ》の用意もなくてはならない。木曾谷は特に森林地帯とあって、各村ともその割り付けに応ずべきよしの通知もやって来た。
 半蔵は会所の方へ隣家の伊之助《いのすけ》その他の宿役人を集めて相談する前に、まず自分の家へ通《かよ》って来る清助と二人でその通知を読んで見た。各村とも三千|把《ぱ》から三
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