子である。兄の公子がその若さであるとすると、弟の公子の年ごろは推して知るべしである。いかに父の岩倉公が新政府の柱石とも言うべき公卿《くげ》であり、現に新帝の信任を受けつつある人とは言いながら、その子息らはまだおさなかった。沿道諸藩の思惑《おもわく》もどうあろう。それに正副の総督を護《まも》って来る人たちがいずれ一騎当千の豪傑ぞろいであるとしても、おそらく中部地方の事情に暗い。これは捨て置くべき場合でないと考えたあの友人のあわただしい帰国が、その辺の消息を語っている。半蔵は割合に年齢《とし》の近い中津川の香蔵を通して、あの年上の友人の国をさして急いで来た心持ちを確かめた。
 そればかりでない、帰国後の景蔵は香蔵と力をあわせ、東濃地方にある平田諸門人を語らい、来たるべき東山道軍のためによき嚮導者《きょうどうしゃ》たることを期している。それを知った時は半蔵の胸もおどった。できることなら彼も二人の友人と行動を共にしたかった。でも、木曾福島《きそふくしま》の代官山村氏の支配の下にある馬籠の庄屋に、それほどの自由が許されるかどうかは、すこぶる疑問であった。
 東山道総督執事の名で、この進軍のため沿
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