日を置いて改めて英国公使の参内があると触れ出されたが、町々の取り締まりは一層厳重をきわめるようになった。久兵衛は帳場格子のところへ立って行って、町役人から回って来たばかりの触れ書を取り出して来た。それを正香にも縫助にも見せた。来たる英国公使参内の当日には、繩手通り、三条通りから、堺町の往来筋へかけて、巳《み》の刻《こく》より諸人通行留めの事とある。左右横道の木戸は締め切りの事とある。往来筋に住居《すまい》する町家その他の家族と召使いのほかは、他人一切の滞留を差し留めるともある。
「ホ、」と縫助は目を円《まる》くして、「公用はもちろん、私用でも、町役人の免許を得ないものは通行を許さないとありますね。ぐずぐずしてると、わたしは国の方へ立てなくなる。」
「今は京都も騒がしゅうございますよ。諸藩の人が入り込んでおります。こんな新政府は今にひっくりかえるなんて、内々そんな腹でいるものもございます――なかなか油断はなりません。」
 久兵衛は言葉に力を入れてそれを縫助に言って見せた。
 そこへ久兵衛の養子が奥から顔を出した。店には平田|篤胤《あつたね》の遺著でも取りそろえて置こうというような町人|気
前へ 次へ
全419ページ中116ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング