。でも、パアクスは頭を左右に振って、仏国公使の勧めに応じなかったとか。
 これらの話をもって、翌日の午後にまた正香は久兵衛を見に寄った。衣《ころも》の棚《たな》の方へ暇乞《いとまご》いに来た縫助とも同道で、二人して伊勢久の店先に腰掛けた。
「どうも驚きましたね。」
 久兵衛は奥からそこへ飛んで出て来て言った。店先に腰掛けるものも、火鉢《ひばち》なぞを引き寄せて客を迎えるものも、互いに顔を見合わせた。
「昨日は、岩倉様が見舞いに行く、越前の殿様(春嶽)が見舞いに行く、智恩院も大変だったそうです。」とまた久兵衛が言い出した。「昨晩はみんな心配したようですよ。」
「でも、パアクスもおもしろい男じゃありませんか。」と正香は言った。「引き連れて来た兵士に傷を負ったものは多いんだけれど、自分も、士官らも、中井、後藤二氏の奮闘のおかげで助かった、今ここで謁見の式も済まさずに帰ってしまったら、皇帝陛下に対しても不敬に当たるだろう――そう言ったそうだ。」
「さあ、この処置はどう収まるものですかサ。すくなくも六、七万両ぐらいの償金は取られるだろうなんて、そんなうわさでございますよ。」
 その時になると、二
前へ 次へ
全419ページ中115ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング