立って行って、こまかい大坂格子のかげで茶道具などを取り出す音をさせた。
 その時、正香はそこの店先にすわり直して、縫助と二人で話した。
「久兵衛さんもおもしろい人ですね。この店では篤胤先生の本を売りますよ。気吹《いぶき》の舎《や》の著述なら、なんでもそろえてありますよ。染め物のほかに、官服の注文にも応じるしサ。まあ商売《あきない》をしながら、道をひろめているんですね。」
「へえ、これはよいお店だ。」
 その店先は、亭主が帳場格子のところにいて染め物の仕事場を監督する場所である。正香は仕事場の方を縫助にさして見せた。入り口から裏の物干し場へ通りぬけられるような土間をへだててその仕事場がある。そこはなかなか広い仕事場であるが、周囲の格子をしめきるとすこぶる薄暗い。しかし三尺もの下壁と言わず、こまかく厚手なぶッつけ格子と言わず、がっしりとした構造は念の入ったものである。正香はまた、四つずつ一組としてある藍瓶《あいがめ》を縫助にさして見せた。わざと暗くしてあるような仕事場の格子を通して、かすかな光線がそこにさし入っている。幾組か並んだ瓶《かめ》の中の染料には熱が加えてあると見えて、静かに沸く藍
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