ていない――そんな話が継母の口から出る。時節がら、その年の節句祝いも簡単にして、栄吉、清助の内輪のものを招くだけにとどめて置いたとの話も出る。
 吉左衛門は思い出したように、
「いや、こういうことになって来るわい。今までおれも黙って見てたが、あの参覲交代が御廃止になったと聞いた時に、おれはもうあることに打《ぶ》つかったよ。」
「……」
「半蔵、本陣や庄屋はどうなろう。」
「それがです、本陣、庄屋、それに組頭《くみがしら》だけは、当分これまでどおりという御沙汰《ごさた》がありました。それも当分と言うんですから、改革はそこまで及んで行くかもしれません。」
 その返事を聞くと、吉左衛門は半蔵の顔をながめたまましばらく言葉もなかった。


「しかし、きょうはお父さんもお疲れでしょう。すこし横にでもおなりなすったら。」と半蔵が言葉をつづけた。
「それがいい。そう話に身が入っちゃ、えらい。」とおまんも言う。
「じゃ、そうするか。この節は宵《よい》から寝てばかりさ。おまんもおれにかぶれたと見えて、おれが横になれば、あれも横になる。」
 吉左衛門はそんなことを半蔵に言って見せて、笑って、おまんの勧めるままに新しい袷《あわせ》の寝衣《ねまき》の袖《そで》に手を通した。半蔵の見ている前で、細い紐《ひも》を結んで、そこに敷いてある床の上にすわった。七十一歳を迎えた吉左衛門は、かねてある易者に言われたよりも一年多く生き延びた彼自身をその裏二階に見つけるような人であった。
「半蔵、見ておくれよ。」とおまんが言った。「ことしはお父さんに、こういうものを造りましたよ。わたしの丹精《たんせい》した袷だよ。お父さんはお前、この年になるまでずっと木綿《もめん》の寝衣で通しておいでなすった。やわらかな寝衣なぞは庄屋に過ぎたものだ、おれは木綿でたくさんだ――そうおっしゃるのさ。そりゃ、お前、氏神さまへ参詣《さんけい》する時の紙入れだって、お父さんは更紗《さらさ》の裏のついたのしかお使いなさらないような人だからね。でも、わたしは言うのさ。七十の歳《とし》にもおなりになるなら、寝衣にやわらか物ぐらいはお召しなさるがいいッて――ね。どうしてもお父さんはこういうものを着ようとおっしゃらない。それをわたしが勧めて、ことしから着ていただくことにしましたよ。」
 こんなおまんの心づかいも、吉左衛門の悲哀《かなしみ》を柔
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