どうだろう、庄助さん、今までのような大げさな御通行はもうあるまいか。」
「まずありますまいな。」
「ないとすれば、わたしには考えがある。」
そう半蔵は言って、これまでのように二軒の継立て所を置く必要もあるまいから、これを機会に本陣付属の問屋場を閉じ、新しい伝馬所は問屋九郎兵衛方へ譲りたいとの意向をもらした。半蔵はすでにその決意を伊之助だけには伝えて置いてあった。
庄助は言った。
「しかし、半蔵さま。そうお前さまのように投げ出してしまわないで、もっと強く出《で》さっせるがいいぞなし。この馬籠の村を開いたのも、みんなお前さまの家の御先祖さまの力だ。いくらでも、お前さまは強く出《で》さっせるがいい。」
とうとう、半蔵は自分の注文どおりに、新設の伝馬所を九郎兵衛方に譲り、全く新規なもののしたくをそこに始めさせることにした。新しい宿役人は入札の方法で、新規入れかわりに七人の当選を見た。世襲の長い習慣も破れて、家柄よりも人物本位の時に移り、本陣付属の問屋場でその勤めぶりを認められた半蔵の従兄《いとこ》、亀屋《かめや》の栄吉のような人が宿役人仲間の位置に進んだ。
こうなると、会所も片づけなければならない。諸帳簿も引き渡さなければならない。半蔵は下男の佐吉に言い付け、会所の小使いに手伝わせて、旧問屋場にあった諸道具一切を伝馬所の方へ運ばせることにした。彼は自分の部屋《へや》にこもり、例の店座敷のわきで、本陣、問屋、庄屋の三役を勤めて来た公用の記録の中から、伝馬所へ引き渡すべきものを選みにかかった。父吉左衛門の問屋役時代から持ち伝えた古い箱の紐《ひも》を解いて見ると、京都道中通し駕籠《かご》、または通し人足の請負として、六組飛脚屋仲間や年行事の署名のある証文なぞがその中から出て来る。彼はまた別の箱の紐を解いた。あるものは駅逓司《えきていし》、あるものは甲府県、あるものは度会府《わたらいふ》として、駅逓用を保証する大小|種々《さまざま》の印鑑がその中から出て来る。それらは最近の府藩県の動きを知るに足るもので、伝馬所に必要な宿駅の合印《あいじるし》である。尾州藩関係の書類、木曾下四宿に連帯責任のある書付なぞになると、この仕分けがまた容易でなかった。いかに言っても、会所や問屋場は半分引っ越しの騒ぎだ。いろいろなことが胸に満ちて来て、諸帳簿の整理もとかく彼の手につかなかった。
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