曾地方にはない。それをしなければ小前《こまえ》のものが安心して農業家業に従事し得られないというほどのことはない。半蔵が二人の連れのように、これまでたびたび江戸に出たことのある庄屋たちでも、こんな油断のならない道中は初めてだと言っている。どうして些細《ささい》のことにも気を配って、互いに助け合うことなしに踏んで出て来られる八十里の道ではなかったのだ。
 さしあたり一行三人のものの仕事は、当時の道中奉行|都筑駿河守《つづきするがのかみ》が役宅を訪《たず》ね、今度総代として来たことを告げ、木曾宿々から取りそろえて来た人馬立辻帳《じんばたてつじちょう》なぞを差し出すことであった。
 言うまでもなく、その帳簿には過ぐる一年間の人馬徴発の総高が計算してある。最初に半蔵らが奉行の屋敷に出た日には、徒士目付《かちめつけ》が応接に出て、奉行へは自分から諸事取り次ぐであろうとの話があった末に、今度三人の庄屋を呼び出した奉行の意向を言い聞かせた。それには諸大名が江戸への参覲交代をもう一度復活したい徳川現内閣の方針であることを言い聞かせた。徒士目付の口ぶりによると、いずれ奉行から改めてお呼び出しがあるであろう
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