己も仕合わせです。」
やがて寿平次らは離れて行った。半蔵はそのまま自分の家にはいろうとしなかった。その足で坂になった町を下の方へと取り、石屋の坂の角《かど》を曲がり、幾層にもなっている傾斜の地勢について、荒町《あらまち》の方まで降りて行った。荒町には村社|諏訪《すわ》分社がある。その氏神への参詣《さんけい》を済ましても、まだ彼は家の方へ引き返す気にならなかった。この宿場で狸《たぬき》の膏薬《こうやく》なぞを売るのも、そこを出はずれたところだ。路傍には大きく黒ずんだ岩石がはい出して来ていて、広い美濃《みの》の盆地の眺望《ちょうぼう》は谷の下の方にひらけている。もはや恵那山《えなさん》の連峰へも一度雪が来て、また溶けて行った。その大きな傾斜の望まれるところまで歩いて行って見ると、彼は胸いっぱいの声を揚げて叫びたい気になった。
寿平次が残して置いて行ったいろいろな言葉は、まだ彼の胸から離れなかった。大概の事をばかにしてひとり弓でもひいていられる寿平次に比べると、彼は日常生活の安逸をむさぼっていられなかったのだ。やがて近づいて来る庚申講《こうしんこう》の夜、これから五か月もの長さにわたって
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