ますます快《よ》い方に向いて来たよ。こうして隠居しているのがもったいないくらいさ。」と吉左衛門は言って見せた。
その時になって見ると、徳川政府が参覲交代のような重大な政策を投げ出したことは、諸藩分裂の勢いを助成するというにとどまらなかった。吉左衛門の言い草ではないが、その制度変革の影響はどこまで及んで行くとも見当がつかなかった。当時交通輸送の一大動脈とも言うべき木曾街道にまで、その影響は日に日に深刻に浸潤して来ていた。
江戸の公役が出張を見た各宿調査の模様は、やがて一同の話題に上った。そこには吉左衛門のようにすでに宿役を退いたもの、得右衛門のようにそろそろ若い者に代を譲る心じたくをしているもの、半蔵や寿平次のようにまだ経験も浅いものとが集まった。
「以前からわたしはそう言ってるんですが、助郷のことは大問題ですて。」と吉左衛門が言い出した。「まあ、わたしのような昔者から見ると、もともと宿場と助郷は金銭ずくの関係じゃありませんでしたよ。人足の請負なぞをするものはもとよりなかった。助郷はみんな役を勤めるつもりで出て来ていました。参覲交代なぞがなくって、諸大名の奥方でも、若様でも、御帰国は
前へ
次へ
全434ページ中77ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング