く申し諭《さと》し、随分武芸心がけさせ候よういたすべく候……」
[#ここで字下げ終わり]
半蔵はこの書付を伊之助から受け取って見て、公辺からの宿村の監視がいよいよ厳重になって行くことを知った。同時に、諸所へ散乱したという禁裏百姓の残党の中には、必ず平田門下の人もあるべきことをほとんど直覚的に感知した。
当時、平田|篤胤《あつたね》没後の門人は諸国を通じて千人近くに達するほどの勢いで、その中には古学の研究と宣伝のみに満足せず、自ら進んで討幕運動の渦中《かちゅう》に身を投ずるものも少なくなかった。さきには三条河原示威の事件で、昼夜兼行で京都から難をのがれて来た暮田正香《くれたまさか》のような例もある。今また何かの姿に身をやつして、伊那《いな》の谷のことを聞き伝え、遠く大和《やまと》地方から落ちて来る人のないとは半蔵にも言えなかった。
「待てよ、いずれこの事件には平田門人の中で関係した人がある。やった事が間違っているか、どうか、それはわからないが、生命《いのち》をかけても勤王のお味方に立とうとして、ああして滅びて行ったことを思うと、あわれは深い。」
そこまで考え続けて行くと、彼はこのこ
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