自分の家の囲炉裏ばたに行って見た時は、そこに集まる栄吉、清助、勝重から、下男の佐吉までがくたぶれたような顔をしている。近くに住む馬方の家の婆《ばあ》さんも来て話し込んでいる。この宿場で八つ当たりに当たり散らして行った将軍|御召馬《おめしうま》のうわさはその時になってもまだ尽きなかった。
「あの御召馬が焼酎《しょうちゅう》を一升も飲むというにはおれもたまげた。」
「御召馬なぞというと怒《おこ》られるぞ。御召御馬《おめしおうま》だぞ。」
「いずれ口取りの別当が自分に飲ませろということずらに。」
「嫌味《いやみ》な話ばかりよなし。この節、街道にろくなことはない。わけのわからないお武家様と来たら、ほんとにしかたあらすか。すぐ刀に手を掛けて、威《おど》すで。」
「あゝあゝ、今度という今度はおれもつくづくそう思った。いくら名君が上にあっても、御召馬を預かる役人や別当からしてあのやり方じゃ、下のものが服さないよ。お気の毒と言えばお気の毒だが、人民の信用を失うばかりじゃないか。」
「徳川の代も末になりましたね。」
 だれが語るともなく、だれが答えるともない話で、囲炉裏ばたには囲炉裏ばたらしい。中には雨
前へ 次へ
全434ページ中62ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング