こく》ごろより、石火矢《いしびや》数百|挺《ちょう》打ち放し候ところ、異船よりも数十挺打ち放し候えども地方《じかた》へは届き申さず。もっとも、右異船は下り船に御座候ところ、当瀬戸の通路つかまつり得ず、またまた跡へ戻《もど》り、登り船つかまつり候。当方武士数十人、鎧兜《よろいかぶと》、抜き身の鎗《やり》、陣羽織《じんばおり》を着し、騎馬数百人も出、市中は残らず軒前《のきさき》に燈火《あかり》をともし、まことにまことに大騒動にこれあり候。しかるところ、長州様蒸気船二艘まいり、石火矢《いしびや》打ち掛け、逃げ行く異船を追いかけ二発の玉は当たり候由に御座候。その後、異船いずれへ逃げ行き候や行くえ相わかり申さず。ようやく今朝一同引き取りに相成り鎮《しず》まり申し候。しかし他の異国船五、六艘も登り候うわさもこれあり、今後瀬戸通路つかまつり候えば皆々打ち払いに相成る様子、委細は後便にて申し上ぐべく候。以上。」
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とある。
関東の方針も無視したような長州藩の大胆な行動は、攘夷を意味するばかりでなく、同時に討幕を意味する。下の関よりとした来状の写しにもあるように、この異国船の
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