ちらは本家と隠宅とで八斗の餅を投げると言って、親類の女衆から出入りのものまで呼び集め、村じゅうのものへ拾わせるつもりで祝いの餅をついた。投げた。投げた。八斗の餅は空を飛んで、伏見屋の表に群がり集まる村民らの袂《たもと》へはいれば懐《ふところ》へもはいった。その時は、四斗樽の鏡をも抜いて、清酒のほかに甘酒まで用意し、辛《から》い方でも甘い方でも、御勝手《ごかって》飲み放題という振る舞いであった。
「ホウ、ただ飲み、ただ取りだ。」
と言うものさえある。
村のものは、氏神諏訪小社の改築も工事落成の近いのに事寄せて、にわかに狂言の催しまでも思い立った。気の早いものはそのけいこにすら取りかかった。この空気は――たといそれが一時的であるにしても――今まで主従の重い関係にあった将軍家没落の驚きを忘れさせ、代替《だいがわ》り家督相続から隠居養子|嫁娶《よめとり》の事まで届け出たような権威の高いものが眼前に崩《くず》れて行ったことを忘れさせ、葵《あおい》の紋のついた提灯《ちょうちん》さえあればいかなる山野を深夜独行するとも狐狼《ころう》盗難に出あうことはないとまで信ぜられていたほどの三百年来の主人を
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