は一代|苗字《みょうじ》帯刀、一度は永代苗字帯刀、一度は藩主に謁見《えっけん》の資格を許すとの書付を贈られていたくらいだ。そんな縁故から、吉左衛門は隠居の身ながら麻※[#「ころもへん+上」、第4水準2−88−9]※[#「ころもへん+下」、第4水準2−88−10]《あさがみしも》を着用し、旅にある藩主を自宅に迎えたのである。半蔵が本陣の奥の部屋《へや》にこの父を見つけた時は、吉左衛門はまだ麻の袴《はかま》を着けたままでいた。
「やれ、やれ、戦争も始まらずに済むか。」
父は半蔵から徒士目付《かちめつけ》の残した話の様子を聞いたあとで言った。
「しかし、お父《とっ》さん、これが京都へ知れたらどういうことになりましょう。なぜ、そんな償金を払ったかなんて、そういう声が必ず起こって来ましょうよ。」
三
「あなた、羽織の襟《えり》が折れていませんよ。こんな日には、髪結いでも呼んで、さっぱりとなすったら。」
「まあいい。」
「さっき、三浦屋の使いが来て、江戸のじょうるり語りが家内六人|連《づ》れで泊まっていますから、本陣の旦那《だんな》にもお出かけくださいッて、そう言って行きました
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