、碓氷《うすい》の四つの峠を越えねばならないのに引きかえ、美濃《みの》方面の平野は馬籠の西の宿はずれから目の下にひらけているの相違だ。言うまでもなく、江戸で聞くより数日も早い京都の便《たよ》りが馬籠に届き、江戸の便りはまた京都にあるより数日も先に馬籠にいて知ることができる。一行の中の用人らがこの峠の上の位置まで来て、しきりに西の方の様子を聞きたがるのに不思議はなかった。
 その日の藩主は中津川泊まりで、午後の八つ時ごろにはお小休みだけで馬籠を通過した。
「下に。下に。」
 西へと動いて行く杖払《つえはら》いの声だ。その声は、石屋の坂あたりから荒町《あらまち》の方へと高く響けて行った。路傍《みちばた》に群れ集まる物見高い男や女はいずれも大領主を見送ろうとして、土の上にひざまずいていた。
 半蔵も目の回るようないそがしい時を送った。西の宿はずれに藩主の一行を見送って置いて、群衆の間を通りぬけながら、また自分の家へと引き返して来た。その時、御跡改《おあとあらた》めの徒士目付《かちめつけ》の口からもれた言葉で、半蔵は尾州藩主が江戸から上って来た今度の旅の意味を知った。
 徒士目付は藩主がお小休
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