それを開いた。以前には彼はよくそう考えた、勤王の味方に立とうと思うほどのものは、武家の修養からはいった人たちでも、先師らのあとを追うものでも、互いに執る道こそ異なれ、同じ復古を志していると。種々《さまざま》な流言の伝わって来る主上の崩御《ほうぎょ》に際会して見ると、もはやそんな生《なま》やさしいことで救われる時とは見えなかった。その心から、彼は本居大人の遺著を繰り返して見て、日ごろたましいの支柱と頼む翁の前に自分を持って行った。


 宣長の言葉にいわく、
「古《いにしえ》の大御世《おおみよ》には、道といふ言挙《ことあ》げもさらになかりき。」
 また、いわく、
「物のことわりあるべきすべ、万《よろず》の教《おしえ》ごとをしも、何の道くれの道といふことは、異国《あだしくに》の沙汰《さた》なり。異国は、天照大御神《あまてらすおおみかみ》の御国にあらざるが故《ゆえ》に、定まれる主《きみ》なくして、狭蝿《さばえ》なす神ところを得て、あらぶるによりて、人心《ひとごころ》あしく、ならはしみだりがはしくして、国をし取りつれば、賤《いや》しき奴《やっこ》も忽《たちま》ちに君ともなれば、上《かみ》とある
前へ 次へ
全434ページ中380ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング