来るというやつは。」
こんなふうで半蔵らは大坂から出立して来る公儀衆をこの街道に待ち受けた。
はたしてさびしい幕府方の総退却だ。その月の十五日には、予定の日取りよりややおくれて、西から下向《げこう》の団体が続々と宿場に繰り込んで来た。十七日となると、人馬の継立《つぎた》てが取り込んで、宿役人仲間の心づかいも一通りでない。日によっては隣村山口、湯舟沢からの人足も不参で、馬籠の宿場では草刈りの女馬まで狩り出し、それを荷送りの役に当てた。木曾福島から出張している役人衆の中には、宿の方の混雑を心配して、夜中に馬籠から発《た》つものもある。
この大通行は二十三日までも続いた。まだそれでもあとからあとからと繰り込んで来る隊伍《たいご》がある。この馬籠峠の上まで来て昼食の時を送って行く武家衆はほとんど戦争の話をしない。戦地の方のことも語らない。ただ、もう一度江戸を見うる日のことばかりを語り合って行った。
ある朝、半蔵は会所の前にいた。そこへ宿方の用談をもって妻籠《つまご》の寿平次が彼を訪《たず》ねて来た。
「寿平次さん、まあおはいりなさるさ。こんなところに立っていては話もできない。役人衆もく
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