中|阿部豊後《あべぶんご》と共に翔鶴丸《しょうかくまる》という船に乗って、兵庫にある英仏米蘭四国公使に面接した。阿部老中はこれくらいのことが大事件かという顔つきの人で、万事ひとりのみ込みに開港事件を担任して、決答の日限を来たる二十九日まで延期するという約束で帰った。時に大坂へは切迫した形勢を案じ顔な京都守衛の会津藩士が続々と下って来た。駿河らをつかまえて言うには、各国公使は軍艦を率いて来て、開港を要求している、これはいわゆる城下の盟《ちかい》であって、これほど大きな恥辱はない、もし万一ますます乱暴をきわめて上京でもする様子があったら弊藩は一同死力を尽くして拒もう、淀《よど》鳥羽《とば》から上は一歩も踏ませまい、いささかもその辺に掛念《けねん》なく押し切って充分の談判を願いたいと。同時に、薩摩藩《さつまはん》の大久保市蔵《おおくぼいちぞう》からも幕府への建言があって、これは人心の向背《こうはい》にもかかわり、莫大《ばくだい》な後難もこの一挙にある、公使らの意見にのみ動かされぬよう至急諸侯を召してその建言をきかれたい、そのために日数がかかって万一先方から軽はずみな振る舞いに出るようなことが
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