人心沸騰の時勢、何事も叡慮《えいりょ》を伺った上でないと朝廷の思《おぼ》し召しはもとより長防鎮庄の運命もどうなることであろうか、今般の征伐はしばらく猶予され、大小の侯伯の声に聞いて国是《こくぜ》を立てられたい、長州一藩のゆえをもって皇国|擾乱《じょうらん》の緒を開くようではいったんの盛挙もかえって後日の害となるべきかと深く憂慮されるというにある。
 しかし、幕府ではこれらの建白に耳を傾けようとしなかった。細川のような徳川|譜代《ふだい》と同様の感のあった大諸侯までが参覲交代の復旧を非難するとは幕府としては堪《た》えられなかったことで、この際どんな無理をしても幕府の頽勢《たいせい》を盛り返し、自己《おのれ》にそむくものは討伐し、日光山大法会の余勢と水戸浪士三百五十余人を斬《き》った権幕《けんまく》とで、年号まで慶応元年と改めた東照宮二百五十回忌を期とし、大いに回天《かいてん》の翼を張ろうとした。
 事実、幕府では回天、回陽《かいよう》と命名せらるべき二隻の軍艦を造る準備最中の時でもあった。この二艦の名ほど当時の幕府の真相をよく語って見せているものもない。もう一度太陽のかがやきを見たいとは
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