《そうぜい》かわるがわる訊問《じんもん》を受けた。浪士らのうち、百三十四人は十五日に、百三人は十六日に打ち首になった。そうこうしていると、ちょうど十七日は東照宮の忌日に当たったから、御鬮《みくじ》を引いて、下回りの者を助けるか、助けないかの伺いを立てたという。ところが御鬮のおもてには助けろとあらわれた。そこで降蔵らは本正寺に呼び出され、門前で足枷《あしかせ》を解かれ、一同書付を読み聞かせられた。それからいったん役人の前を下がり、門前で髪を結って、またまた呼び出された上で最後の御免の言葉を受けた。読み聞かせられた書付は爪印《つめいん》を押して引き下がった。その時、降蔵同様に追放になったものは七十六人あったという。
「さようでございます。」と降蔵は同国生まれの仲間の者だけを数えて見せた。「わたくし同様のものは、下諏訪《しもすわ》の宿から一人《ひとり》、佐久郡の無宿の雲助が一人、和田の宿から一人、松本から一人、それに伊那の松島宿から十四、五人でした。さよう、さよう、まだそのほかに高遠《たかとお》の宮城《みやしろ》からも一人ありました。なにしろ、お前さま、昨年の十一月に伊那を出るから、わたくし
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