方用人を命ぜられた。彼が京都にとどまる間、交わりを結んだのは福羽美静《ふくばよしきよ》、池村邦則《いけむらくにのり》、小川一敏《おがわかずとし》、矢野玄道《やのげんどう》、巣内式部《すのうちしきぶ》らであった。彼はこれらの志士と相往来して国事を語り、共に画策するところがあった、という。彼はまた、ある日偶然に旧友|近藤至邦《こんどうむねくに》に会い、相携えて東山長楽寺《ひがしやまちょうらくじ》に隠れていた品川弥二郎《しながわやじろう》をひそかに訪問し、長州藩が討幕の先駆たる大義をきくことを得たという。これらの志士との往来が幕府の嫌疑《けんぎ》を受けるもとになって、身辺に危険を感じて来た彼はにわかに京都を去ることになり、夜中|江州《ごうしゅう》の八幡《やわた》にたどり着いて西川善六《にしかわぜんろく》を訪い、足利《あしかが》木像事件後における残存諸士の消息を語り、それより回り路《みち》をして幕府|探偵《たんてい》の目を避けながら、放浪約五十日の後郷里をさして帰って来ることができたということだった。
 この先輩が帰省の途次、立ち寄って行った旅の話はいろいろな意味で半蔵の注意をひいた。義髄と前
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