うろう》でさ。京都からやって来た時はいろいろお世話さまでした。あの時は二日二晩も歩き通しに歩いて、中津川へたどり着くまでは全く生きた心地《ここち》もありませんでした。浅見君のお留守宅や青山君のところで御厄介《ごやっかい》になったことは忘れませんよ。」
 半蔵らの旧師宮川寛斎が横浜引き揚げ後にその老後の「隠れ家《が》」を求めた場所も伴野であり、今またこの先輩が同じ村の松尾家に居候だと聞くことも、半蔵らの耳には奇遇と言えば奇遇であった。伊那の方へ来て聞くと、あの寛斎老人が伴野での二、三年はかなり不遇な月日を送ったらしい。率先した横浜貿易があの旧師に祟《たた》った上に、磊落《らいらく》な酒癖から、松尾の子息《むすこ》ともよくけんかしたなぞという旧《ふる》い話も残っていた。
「伊勢《いせ》の方へ行った宮川先生にも、今度の話を聞かせたいね。」
「あの老人のことですから、山吹に神社ができて平田先生なぞを祭ると知ったら、きっと落涙するでしょう。」
「喜びのあまりにですか。そりゃ、人はいろいろなことを言いますがね、あの宮川先生ぐらい涙の多い人を見たことはありません。」
 三人の友だちの間には、何かにつ
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