死んだものは都合四十三人に及んだという。宍戸侯の悲惨な最期――それが水戸浪士に与えた影響は大きかった。賊名を負う彼らの足が西へと向いたのは、それを聞いた時であったとも言わるる。「所詮《しょせん》、水戸家もいつまで幕府のきげんを取ってはいられまい」との意志の下に、潔く首途《かどで》に上ったという彼ら水戸浪士は、もはや幕府に用のない人たちだった。前進あるのみだった。
 半蔵に言わせると、この水戸浪士がいたるところで、人の心を揺り動かして来るには驚かれるものがある。高島城をめがけて来たでもないものがどうしてそんなに諏訪藩《すわはん》に恐れられ、戦いを好むでもないものがどうしてそんなに高遠藩《たかとおはん》や飯田藩《いいだはん》に恐れられるだろう。実にそれは命がけだからで。二百何十年の泰平に慣れた諸藩の武士が尚武《しょうぶ》の気性のすでに失われていることを眼前に暴露して見せるのも、万一の節はひとかどの御奉公に立てと日ごろ下の者に教えている人たちの忠誠がおよそいかなるものであるかを眼前に暴露して見せるのも、一方に討死《うちじに》を覚悟してかかっているこんな水戸浪士のあるからで。
 それにしても、
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