ころは一同休憩して昼食をとる時刻だ。正武隊付きを命ぜられた諏訪の百姓降蔵は片桐から背負《しょ》って来た具足櫃《ぐそくびつ》をそこへおろして休んでいると、いろは付けの番号札を渡され、一本の脇差《わきざし》をも渡された。家の方へ手紙を届けたければ飛脚に頼んでやるなぞと言って、兵糧方の別当はいろいろにこの男をなだめたりすかしたりした。荷物を持ち労《つか》れたら、ほかの人足に申し付けるから、ぜひ京都まで一緒に行けとも言い聞かせた。別当はこの男の逃亡を気づかって、小用に立つにも番人をつけることを忘れなかった。
京都と聞いて、諏訪の百姓は言った。
「わたくしも国元には両親がございます。御免こうむりとうございます。お暇《いとま》をいただきとうございます。」
「そんなことを言うと天誅《てんちゅう》だぞ。」
別当の威《おど》し文句だ。
切石まで間道を通って、この浪士の諸隊は伊那の本道に出た。参州街道がそこに続いて来ている。大瀬木《おおせぎ》というところまでは、北原稲雄が先に立って浪士らを案内した。伊那にある平田門人の先輩株で、浪士間道通過の交渉には陰ながら尽力した倉沢義髄《くらさわよしゆき》も、そ
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