牛をかわいがってくだすってもいい。そういうことを言うんです。」
「そいつは初耳だ。」
「それから、宿《しゅく》の伝馬役《てんまやく》と在の助郷《すけごう》とはわけが違う、半蔵さまはもっと宿の伝馬役をいばらせてくだすってもいい。そういうことを言うんです。ああいう半蔵さまの気性をよく承知していながら、そのいばりたい連中が何を話しているかと思って聞いて見ると――いったい、伊那《いな》から出て来る人足なぞにあんなに目をかけてやったところで、あの手合いはありがたいともなんとも思っていやしない。そりゃ中には宿場へ働きに来て泊まる晩にも、※[#「くさかんむり/稾」、18−3]遣《わらづか》いをするとか、読み書き算術を覚えるとか、そういう心がけのよいものがなくはない。しかし近ごろは助郷の風儀が一般に悪くなって、博打《ばくち》はうつ、問屋で払った駄賃《だちん》も何も飲んでしまって、村へ帰るとお定まりの愁訴だ――やれ人を牛馬のようにこき使うの、駄賃もろくに渡さないの、なんのッて、大げさなことばかり。半蔵さまはすこしもそれを御存じないんだ。そういうことを言うんです。大旦那の時分はよかったなんて、寄るとさわる
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