。」とおまんが言う。
「その事ですか。大旦那の御用と言えば、将棋のお相手ときまってるのに、それにしては時刻が早過ぎるが、と思ってやって来ましたよ。」
清助は快活に笑って、青々と剃《そ》っている毛深い腮《あご》の辺をなでた。二間続いた隠居所の二階で、おまんが茶の用意なぞをする間に、吉左衛門はこう切り出した。
「まあ、清助さん、その座蒲団《ざぶとん》でもお敷き。」
「いや、はや、どうも理屈屋がそろっていて、どこの宿場も同じことでしょうが苦情が絶えませんよ。大旦那のように黙って見ていてくださるといいけれども、金兵衛さんなぞは世話を焼いてえらい。」
「あれで、半蔵のやり方が間違ってるとでも言うのかな。」
「大旦那の前ですが、お師匠さまの家としてだれも御本陣に指をさすものはありません。そりゃこの村で読み書きのできるものはみんな半蔵さまのおかげですからね。宿場の問題となると、それがやかましい。たとえばですね、問屋場へお出入りの牛でも以前はもっとかわいがってくだすった、初めて参った牛なぞより荷物も早く出してくだすったし、駄賃《だちん》なぞも御贔屓《ごひいき》にあずかった、半蔵さまはもっとお出入りの
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