がそこへ話し込みに来る。部屋《へや》の片すみに女中の置いて行った古風な行燈《あんどん》からして、堅気《かたぎ》な旅籠屋らしいところだ。
「なんと言っても[#「なんと言っても」は底本では「なんと言っも」]、江戸は江戸ですね。」と言い出すのは平助だ。「きょうは屋敷町の方で蚊帳《かや》売りの声を聞いて来ましたよ。」
「えゝ、蚊帳や蚊帳と、よい声で呼んでまいります。一町も先から呼んで来るのがわかります。あれは越後者《えちごもの》だそうですが、江戸名物の一つでございます。あの声を聞きますと、手前なぞは木曾から初めて江戸へ出てまいりました時分のことをよく思い出します。」と隠居が言う。
幸兵衛も手さげのついた煙草盆《たばこぼん》を引き寄せて、一服吸い付けながらその話を引き取った。「十一屋さん、江戸もずいぶん不景気のようですね。」
「いや、あなた、不景気にも何にも。」と隠居は受けて、「お屋敷方があのとおりでしょう。きのうもあの建具屋の阿爺《おやじ》が見えまして、どこのお屋敷からも仕事が出ない、吾家《うち》の忰《せがれ》なぞは去年の暮れからまるきり遊びです、そう言いまして、こぼし抜いておりました。そん
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