ば》)、それから雲助の仕事なぞがそれだ。もっとも、木曾の方にあるものは牛以外に取りたてて言うほどでもないが、伊那の中馬と来ては物資の陸上運搬にさかんな活動を始め、松本から三河《みかわ》、尾張《おわり》の街道、および甲州街道は彼ら中馬が往還するところに当たり、木曾街道にも出稼《でかせ》ぎするものが少なくない。その村数は百六十か村の余を数え、最も多い村は百四十五|疋《ひき》、最も少ない村でも十疋の中馬を出している。もしこの際、定助郷の設備もなく、彼らを優遇する方法もなく、課役に応ずる百姓の位置をもっとはっきりさせることもなかったら、割のよい民間の仕事に圧《お》されて、ますます多くの助郷不参の村々を出すであろう。公辺に参覲交代復活の意向があるなら、その辺の事情も一応考慮の中に入れて置いていただきたいというのが福島の庄屋の意見であった。
「いや、いろいろな注文が出る。」と都筑駿河が言った。「将軍二度目の御上洛には往復共に軍艦にお召しになった。それも人民が多年の疲弊を憐《あわれ》むという御|思《おぼ》し召しによることだぞ。もう一度諸大名を江戸へお呼び寄せになるにしても、そういう参覲交代の古式を回
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